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Immigration × Glocal × Mission

人口6万人ほどの宮城県気仙沼市に、イスラム教の礼拝所がある。漁業や水産加工に携わるインドネシア人の技能実習生のため、地元の有力企業、菅原工業が一昨年夏に設けた。菅原渉社長(46)は「インドネシアでは中間層が増え、日本に来てくれる人は減っていく。それでも選ばれる街でありたい」。礼拝所のとなりには豚肉を使わない料理店を開いた。



今朝の新聞の一面を読んで

びっくりしました


 一般企業が イスラム教の礼拝所を設けるなんて...


こんな話 初めて聞きました




気になって調べてみますと

という記事がありました


この記事によると

2020年2月の時点で 200人以上のインドネシア人が

気仙沼で 技能実習生をしていたそうですが

この企業の従業人は たったの10人だったそうです


そんな彼らのために

礼拝所を作るとは...

地元の人たちの必死さが 伝わってきます




...と同時に

「教会には 何が 出来るんだろうか?」

と 考えさせられました


思い返しますと

私も 気仙沼の教会で

何度か 技能実習生とお会いしたことがあります


大抵は1人で来られていましたが

教会の方々は

とても暖かく 迎えておられました


しかし

牧師のいない10人ほどの教会では

それ以上の関わりは難しかったと思います


ここに

日本宣教と 間接的な国外宣教のための必要が あります




また

在住外国人の受け入れは都心でも 無関係なことではありません


日本バプテスト同盟の東京平和教会

一組のカチン族のカップルを迎え入れたことから

教会の様子が一変したそうです

(詳しくは「在日ミャンマー・カチン系移民の現実と課題」という論文に記されています)


現在

この教会の早稲田チャペルでは

日本語と英語とカチン語による礼拝が行われています


私は

教会の内情を全く知りませんから

このケースを 理想化するつもりはありません


しかし

今後のあり方の再考を迫るものであることは

たしかです




第6回日本伝道会議を受けて記された『社会に開かれた教会』というブックレットには

次のような事例も 記されています


このミニストリー(外国人収容所訪問ミニストリー)をやっていて特記すべきは、イランからの難民との出会いでした。キリスト教の宣教が認められていないイランに直接宣教師を送って布教活動をすることなど、現時点では非現実的なことのように思われるでしょう。ところが、牛久の収容所にはクリスチャンになったことで国を追われたイラン人が多数収容されているのです。彼らは自分たちのことをクリスチャンだと言っています。しかし、改宗してすぐに迫害を逃れて日本にやってきた人たちですから、彼らの聖書についての知識は限られたものです。また、中には難民申請の言い訳としてキリスト教への改宗を主張している人もいます。しかし、もしそうだとしても、彼らの聖書を学ぶことに対する受容性はきわめて高いのです。収容所内では特別に許可されて彼らとグループで聖書クラスを行うことができます。時にはそのクラスに、ムスリムの同室者もやって来て信仰について議論することもあります。そこは刺々しい宗教間の論争の場ではなく、和気あいあいとした交わりの場であり、共に祈り合うことができます。中東から来た人たちは仮放免になると、イスラム教のモスクに助けを求めることが多いのですが、日本のモスクはスンニ派のものです。イラン人はシーア派なので、モスクの保護を受けることが困難であり、教会に保護を求めることがあります。TBCにはイラン人のメンバーもいるので、これからイラン人を対象としたミニストリーが教会の中で発展する可能性があります。

「在住外国人への宣教の機会」『社会に開かれた教会』pp.108-9より




ここに記されているような活動は

覚悟と犠牲なしには続けられません


このような形で

「ひとりが、ひとりを導き、そのひとりを備えて、もうひとりを導く」

(each one, reach one, teach one to reach one)というスローガンを

実践している方々がいるということに

感動を覚えます




私は

どの「ひとり」のために

祈るべきなのか?

と 探られます




















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