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執筆者の写真おいまつ÷のぞむ

過越と子供たち 安息日と寄留者

更新日:2020年3月25日

多くのクリスチャンにとって

パン裂き 聖餐式は

私が 救われたことを 心に刻む時となっています


そのことは

素晴らしいことです


けれども

それだけで 完結してしまっているなら...

とても 残念なことです




パン裂きの原型になった過越の祭りは

奴隷の民であったイスラエルが贖い出され

神の民となったことを覚えるためのものでした




しかし

それと同時に

信仰継承の機会でもありました


あなたがたの子どもたちが『この儀式には、どういう意味があるのですか』と尋ねるとき、あなたがたはこう答えなさい。『それはの過越のいけにえだ。主がエジプトを打たれたとき、主はエジプトにいたイスラエルの子らの家を過ぎ越して、私たちの家々を救ってくださったのだ。』」すると民はひざまずいて礼拝した。

出エジプト記12:26-27


その日、あなたは自分の息子に告げなさい。『このことは、私がエジプトから出て来たときに、が私にしてくださったことによるのだ。』

出エジプト記13:8


後になって、あなたの息子があなたに『これは、どういうことですか』と尋ねるときは、こう言いなさい。『が力強い御手によって、私たちを奴隷の家、エジプトから導き出された。ファラオが頑なになって、私たちを解放しなかったとき、はエジプトの地の長子をみな、人の長子から家畜の初子に至るまで殺された。それゆえ私は、最初に胎を開く雄をみな、いけにえとしてに献げ、私の子どもたちの長子をみな贖うのだ。』

出エジプト記13:14-15


親たちには

子供たちに儀式の意味と

贖いの歴史を説明することが

求められていました


つまり

子供たちは

過越の祭の

主要な参加者として

招かれていたのです


彼らを置き去りにした過越は

本来 ありえないものでした




また

7日に1度の安息日は

贖い主なる神の心を

他者に表すための日でした


あなたは寄留者を虐げてはならない。あなたがたはエジプトの地で寄留の民であったので、寄留者の心をあなたがた自身がよく知っている。六年間は、あなたは地に種を蒔き、収穫をする。しかし、七年目には、その土地をそのまま休ませておかなければならない。民の貧しい人々が食べ、その残りを野の生き物が食べるようにしなければならない。ぶどう畑、オリーブ畑も同様にしなければならない。六日間は自分の仕事をし、七日目には、それをやめなければならない。あなたの牛やろばが休み、あなたの女奴隷の子や寄留者が息をつくためである。

出エジプト記23:9-12


七日目は、あなたの神、の安息である。あなたはいかなる仕事もしてはならない。あなたも、あなたの息子や娘も、それにあなたの男奴隷や女奴隷、牛、ろば、いかなる家畜も、また、あなたの町囲みの中にいる寄留者も。そうすれば、あなたの男奴隷や女奴隷が、あなたと同じように休むことができる。

申命記5:14


そして

様々な祭の時に

このような寄留者を 食事の場に招待することも

命じられていました


三年の終わりごとに、その年の収穫の十分の一を全部持ち出し、あなたの町囲みの中に置いておかなければならない。そうすれば、あなたと同じようには相続地を割り当てられないレビ人や、あなたの町囲みの中にいる寄留者や、孤児や、やもめが来て食べ、満ち足りるであろう。それはあなたの神、があなたのすべての手のわざを祝福してくださるためである。

申命記14:28-29


あなたはあなたの息子、娘、男女の奴隷、あなたの町囲みの中にいるレビ人、あなたがたのうちの寄留者、孤児、やもめとともに、あなたの神、の前で、あなたの神、が御名を住まわせるために選ばれる場所で喜び楽しみなさい。あなたがエジプトで奴隷であったことを覚え、これらの掟を守り行いなさい。あなたの打ち場とあなたの踏み場から取り入れが済んだとき、七日間、仮庵の祭りをしなければならない。この祭りのときには、あなたも、あなたの息子、娘、男女の奴隷、あなたの町囲みの中にいるレビ人、寄留者、孤児、やもめもともに喜び楽しみなさい。

申命記16:11-14


つまり

イスラエルの儀式と信仰生活は

他者に開かれていることが

常に 求められていたのです




これらのことから

パン裂きにおいても

私と神様との関係に閉じこもっていてはいけないと言えるでしょう


自分がどんな礼拝をささげるか だけに 集中するのではなく

幼い子供 や 共同体の周辺にいる人たちを

招き入れることが出来ているのかを意識する必要があるでしょう




周囲が 付いてこれていないのに

我先にと 自身の満足だけを 追い求めているなら...

それは 主の晩餐に あずかるというよりも

私の「晩餐」に 主に付き合っていただくようなものです















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