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リチャード・ボウカム著『イエス入門』を読む4













イエスの食事についてもっと知るには、イエス自身が示した彼独自のやり方と洗礼者ヨハネのやり方の対比が参考になる。イエスは先駆者のヨハネと異なり、王国の訪れという良き知らせと共にやってきて、それを食事の際に祝った。それは儀式ばったお勤めではなく、王国の到来の喜ばしいお祝いだった。ヨハネの弟子たちがほかの多くのユダヤ人たちと同じく厳しい断食制度を実践していたのに、イエスの弟子たちは断食をしないので彼らは当惑した。しかしイエスは、弟子たちが断食をするのは結婚式で断食するくらいふさわしくないといった。ファリサイ派の人々は普通の食事を儀式的聖性のならわしに変えたが、イエスは普通の食事を王国の到来のならわしに変えたのだ。
 こうした食事はその目的にとてもふさわしいものだった。というのも、来たるべきメシア時代についてのおなじみのイメージは、神が催す豪勢な宴会であり、そこではすべての忠実な人々が族長アブラハム、イサク、ヤコブと共に席に着くのだ。いってみれば、イエスはその食事の交わりの実践で神の愛を推進し、その招待に応えるだろう人々を皆その宴会に迎え入れているのだ。イエスと食事をすることは、実質的にその王国に入り、族長たちと食卓に着くことに等しかった。

イエス入門』p.79-80より




ルカの福音書15章には

有名な「放蕩息子」のたとえが

記されています


弟息子が迎え入れられるシーンは

何度読んでも感動的ですが

見落としてはいけないのは

父が帰ってきた彼のために

祝宴を設けていることです


「...ところが父親は、しもべたちに言った。『急いで一番良い衣を持って来て、この子に着せなさい。手に指輪をはめ、足に履き物をはかせなさい。そして肥えた子牛を引いて来て屠りなさい。食べて祝おう(G2165)。この息子は、死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから。』こうして彼らは祝宴を(G2165)始めた。...」

ルカの福音書15:22-24




また

その一章前の14章では

神の国で食事することが

盛大な宴会にたとえられています


イエスとともに食卓に着いていた客の一人はこれを聞いて、イエスに言った。
「神の国で食事をする人は、なんと幸いなことでしょう。」
するとイエスは彼にこう言われた。
「ある人が盛大な宴会(G1173)を催し、大勢の人を招いた。...
...すると主人はしもべに言った。
『街道や垣根のところに出て行き、無理にでも人々を連れて来て、私の家をいっぱいにしなさい。言っておくが、あの招待されていた人たちの中で、私の食事を(G1173)味わう者は一人もいません。』」

ルカの福音書14:15-16, 14:23-24




これらの話に共通するのは

ふさわしくない者が

豪華なパーティに招かれることです




この描写は

イエス様ご自身の振る舞い、態度と

深く結びついています


神の子 王であるイエス様は

社会の周辺の人たちと

頻繁に食事を取られました


それからレビは、自分の家でイエスのために盛大なもてなしをした。取税人たちやほかの人たちが大勢、ともに食卓に着いていた。

ルカの福音書5:29




ルカの福音書で

このことが お祝い事として描かれているのは

おそらく 旧約聖書の文脈を 受けてのことでしょう


そこであなたがたは家族の者とともに、あなたがたの神、の前で食事をし、あなたの神、が祝福してくださった、あなたがたのすべての手のわざを喜び楽しみなさい。...あなたがたがヨルダン川を渡り、あなたがたの神、があなたがたに受け継がせようとしておられる地に住み、主が周囲のすべての敵からあなたがたを守って安息を与え、あなたがたが安らかに住むようになったら、あなたがたの神、が御名を住まわせるために選ばれる場所へ、私が命じるすべての物を携えて行かなければならない。あなたがたの全焼のささげ物といけにえ、十分の一と、あなたがたが供える奉納物、それにに誓う最良の誓願のささげ物である。あなたがたは息子、娘、男奴隷、女奴隷とともに、あなたがたの神、の前で喜び楽しみなさい。また、あなたがたの町囲みの中にいるレビ人とも、そうしなさい。レビ人には、あなたがたと同じようには相続地が割り当てられないからである。...ただ、あなたの神、が選ばれる場所で、あなたの息子、娘、男奴隷、女奴隷、およびあなたの町囲みの中にいるレビ人とともに、あなたの神、の前でそれらを食べなければならない。あなたの神、の前で、あなたのすべての手のわざを喜び楽しみなさい

申命記12:7, 12:10-12, 12:18


また七週間を数えなければならない。鎌を立ち穂に入れ始めるときから、七週間を数え始めなければならない。そして、あなたの神、のために七週の祭りを行い、あなたの神、の祝福に応じて、進んで献げるささげ物をあなたの手によって豊かに献げなさい。あなたはあなたの息子、娘、男女の奴隷、あなたの町囲みの中にいるレビ人、あなたがたのうちの寄留者、孤児、やもめとともに、あなたの神、の前で、あなたの神、が御名を住まわせるために選ばれる場所で喜び楽しみなさい。あなたがエジプトで奴隷であったことを覚え、これらの掟を守り行いなさい。あなたの打ち場とあなたの踏み場から取り入れが済んだとき、七日間、仮庵の祭りをしなければならない。この祭りのときには、あなたも、あなたの息子、娘、男女の奴隷、あなたの町囲みの中にいるレビ人、寄留者、孤児、やもめもともに喜び楽しみなさい。あなたの神、のために、が選ばれる場所で七日間、祭りをしなければならない。あなたの神、があなたのすべての収穫、あなたの手のすべてのわざを祝福されるからである。あなたは大いに喜びなさい

申命記16:9-15


申命記では

民全体で 神の祝祭を

喜び楽しむよう語られていましたが

イエス様は それを再演しようと されたのではないでしょうか?




また

イザヤ書には

このような御言葉も記されています


万軍の主は、この山の上で万民のために、脂の多い肉の宴会、良いぶどう酒の宴会、髄の多い脂身とよくこされたぶどう酒の宴会を開かれる。

イザヤ書25:6


ルカの福音書13:28-30は

この預言の延長線上にあるものと思われます


「…あなたがたは、アブラハムやイサクやヤコブ、またすべての預言者たちが神の国に入っているのに、自分たちは外に放り出されているのを知って、そこで泣いて歯ぎしりするのです。人々が東からも西からも、また南からも北からも来て、神の国で食卓に着きます。いいですか、後にいる者が先になり、先にいる者が後になるのです。」



神の国の到来 イエス様の招待が

食卓 そして 宴会として 提示されていることは

このことが 無味乾燥なライフセーブではないことを

教えてくれています


イエス様は

地上のシェルターを提供しようとされたのではなく

人間味のある 関係性を もたらされました


まさに

「王国の到来の喜ばしいお祝い」に

招き入れてくださったのです




残念ながら

こちらで 勝手に 期待値を下げてしまって

実感できないことも 少なく無いですが…


でも

だからこそ

他者に 神の国の福音を 分かち合う声も

弱々しく





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