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執筆者の写真おいまつ÷のぞむ

号令と...ラッパ

hapax legomenonという言語学用語があります


これは

ギリシャ語で「一度だけ言われた」という意味のἅπαξ λεγόμενονを

ローマ字表記したものです


この用語について

wikipediaには、このように説明されています

ある言語で書き記されたすべてのテキスト全体なり、特定の作家の作品群や、特定のひとつのテキストの中など、一定の文脈の中で1回だけ、出現する単語である。

要は

ある限定された文書の中で

1回だけ用いられている言葉ということです




実は 聖書にも

このhapax legomenonは いくつもあります




例えば

テサロニケ人への手紙第一4:16で

号令と訳されているκέλευσμα keleusma(G2752)も

hapax legomenonです


こういう語は

意味の確定が難しいと言われていますが

どのようにして

ニュアンスを汲み取れば良いのでしょうか?




一つの可能性は

派生語を調べることです


幸い 聖書では

κέλευσμαの動詞形κελεύω keleuō(G2753)が用いられています


この動詞の意味については

辞書にはこのように記されています

a command, ordinarily of an official nature, command, order, urge

BDAGより


つまり

多くの場合 公的な性質を持つ 命令のために

使われる言葉だということです


たしかに

以下の箇所は

それに当てはまるように思えます


マタイの福音書14:9, 18:25, 27:58, 27:64

使徒の働き4:15, 5:34, 12:19, 16:22, 21:33-34, 22:24, 22:30, 23:10, 23:35, 25:17, 25:21, 25:23, 27:43


けれども

より一般的な「命令」の意味で

使われているように見える場合も

何度かあります


さて、イエスは群衆が自分の周りにいるのを見て、弟子たちに向こう岸に渡るように命じられた(G2753)。

マタイの福音書8:18


そして、群衆に草の上に座るように命じられた(G2753)。それからイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて神をほめたたえ、パンを裂いて弟子たちにお与えになったので、弟子たちは群衆に配った。

マタイの福音書14:19


するとペテロが答えて、「主よ。あなたでしたら、私に命じて(G2753)、水の上を歩いてあなたのところに行かせてください」と言った。

マタイの福音書14:28


イエスは立ち止まって、彼を連れて来るように命じられた(G2753)。彼が近くに来ると、イエスはお尋ねになった。

ルカの福音書18:40




それでは

何故、テサロニケ人への手紙第一4:16のκέλευσμαには

「号令」という公的な響きを持つ訳語があてられているのでしょうか?




私は

翻訳者ではありませんので

はっきりとしたことはわかりません


しかし

おそらく

「ラッパ」(G4536)という言葉と共に

この語が使われている故に

「号令」と翻訳されたのでしょう




パウロにとって

「ラッパ」は戦いと関わるものでした


また、ラッパがはっきりしない音を出したら、だれが戦いの準備をするでしょう。

コリント人への手紙第一14:8


また

イスラエルでは

ラッパは民の出入りと出陣の合図として

用いられていました


また、あなたがたの地で、自分たちを襲う侵略者との戦いに出るときには、ラッパを短く大きく吹き鳴らす。あなたがたが、自分たちの神、の前に覚えられ、敵から救われるためである。

民数記10:9




もちろん

パウロは

「ラッパ」を終わりの時を告げ知らせるものだとも

考えていました


終わりのラッパとともに、たちまち、一瞬のうちに変えられます。ラッパが鳴ると、死者は朽ちないものによみがえり、私たちは変えられるのです。

コリント人への手紙第一15:52


ただ

旧約の預言書では

神様が

はっきりとご自身の臨在を示し 地の事象に決定的に介入される「その日」は

しばしば 戦いと 結び付けられています


「シオンで角笛を吹き鳴らし、 わたしの聖なる山でときの声をあげよ。」
地に住むすべての者は、恐れおののけ。 の日が来るからだ。その日は近い。それは闇と暗闇の日。 雲と暗黒の日。 数が多く、力の強い民が、 暁とともに山々の上に進んで来る。 このようなことは、昔から起こったことがなく、これから後、代々の時代までも再び起こることはない。彼らの前は火が焼き尽くし、うしろは炎がなめ尽くす。 彼らが来る前は、この地はエデンの園のよう。 しかし、去った後は、荒れ果てた荒野となる。 これから逃れるものは何もない。その姿は馬さながら、軍馬のように駆け巡る。

ヨエル書2:1-4


の大いなる日は近い。 それは近く、すぐにも来る。 の日に声がする。 勇士の悲痛な叫び声が。その日は激しい怒りの日、苦難と苦悩の日、荒廃と滅亡の日、闇と暗黒の日、雲と暗闇の日、角笛と、ときの声の日、城壁のある町々と高い四隅の塔が襲われる日だ。

ゼパニヤ書1:14-16


ちなみに

これらの箇所の「角笛」は

ギリシャ語訳の聖書では「ラッパ」と訳されています







では...

「号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに」天から下って来られる主は

誰と戦われるのでしょうか?


この箇所には

何も記されていません


しかし

4:17に「空中」とあることから

「空中の権威を持つ支配者」(エペ2:2)を

滅ぼすことを 暗示しているのかも しれません




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