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「ブラザレンについての諸断章」を読む6

更新日:2020年3月25日

といった感じで、1800年代は、メソジストの平信徒主義などもあり、普通の信者さんが伝道に活躍する時代であったことが分かります。この背景には、1800年代での教育の普及に伴い、普通の信徒が文字が読めるようになったことで、聖書が読めるようになった事(それ以前は文字を読めない人の方が多かった)の影響が多いようです。
文字が読める事は、知識の増加ともつながりますし、社会的影響力の拡大ともつながるので、文字が読める人が増える事がどれほど社会自体を変えていったか、を知ることができます。



「読み書き能力」「識字」

と訳されるliteracyという言葉があります


この言葉は 今 2つの意味で 用いられているように思います




1つ目は 「識字」と聞いて

すぐにイメージできるもの


文字を 音や意味に転換することです


ひらがな、カタカナが書け

最低限の漢字の音読、黙読ができる


多くの人にとっては「当たり前」の能力です


しかし

発達障害をもっておられる方や

外国人の方にとっては

このことの習得は困難なものです


また 貧富の差が拡大していくと

公教育からこぼれ落ちる子どもたちが生まれてくるので

「当たり前」が「当たり前」で無くなっていくことでしょう…




2つ目は

そこから もう一段階 進んだもの

情報を 適切に処理することです


発信者の背景、前提、目的などを考えながら

意図を汲み取ること

また その逆

意図が伝わるように発信すること


これは なかなか簡単なことではありません


例えば

会ったことのない有名人について

「◯◯は性格が良い」

「◯◯と◯◯は仲が悪い」など

自信たっぷりに話される方が

時々おられます


そういう方は

「設定」「演出」「戦略」という言葉の意味が

よくわかっておられないんだろうと

思います


残念ながら

その辺りのliteracyが

十分に育ってないと感じる場面が

少なくありません…




一昔前に

「産業革命」をもじって

「情報革命」という言葉が

よく用いられたことがありました


それから

その「革命」が どれほど進行しているのかは

わかりませんが

刻一刻と literacyの意味合いが

変わってきているのは たしかです




「情報革命」と似たような表現として

「メディア革命」というものがありますが

その「革命」とやらの煽りを受けて

キリスト教会と情報、メディアとの関係も

変化してきました


最近では

SNSだけでなく

動画共有サイトで

定期的に発信している個人、教会、団体も

少しずつ増えてきました


このことは

中長期的に

キリスト教界の構造、力学を

違ったものとしていくことでしょう




いつの時代も

「転換」は避けられないものですので

積極的に チャレンジしていくことは

素晴らしいことだと 思います


けれども

2つの意味でのliteracy教育を

合わせて進めていかなければ

悲惨な結末を迎えてしまう気がします…


buzzることは

炎上と紙一重 ですからね…




教会が

大衆主義、実用主義、消費主義に乗っかって

中心を見失ってしまわないことを

切に願います


もちろん 自戒を込めて…


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