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執筆者の写真おいまつ÷のぞむ

私を構成するもの9

更新日:2020年7月27日

これほど 大規模な「社会実験」が行われることは

そうそうないでしょう


この数ヶ月

強いられて では ありますが

業種、業態、地域をまたいで

「テレワーク」が実施されてきました


この「経験値」の価値は

計り知れないものです


これを 今後に活かすために

功罪含めて

冷静な評価がなされていくことを

期待しています



今回のテレワークの導入について

「自分の時間が増えた」

「効率化された」

「残業が減った」

など

ポジティブな感想を分かち合ってくれた友人も

たくさんいました


しかし

一方で

どうしようもなく自信を喪失している方々も

いるのだろうと想像しています


新しい形にうまく適合できない人は

あまり 積極的に発言しようとしないものですが

それでも

もがいている様子が 垣間見られることがありました

ですから

誰にも言えずに 苦悩している人は

きっと たくさん いることでしょう



というより

すでにご存知の方も少なくないでしょうが

私も 以前は そうでした





今から 15年前

大学卒業後すぐに就職したKGKは

配慮の行き届いた職場でした


毎週 研修があり

定期的に フィードバックの時間を与えられ

経験豊かな先輩にいつでも相談することが出来ました


ですから

見守られているという安心感を抱きながら

いつも 奉仕をしていました




しかし

そんな「理想的」な職場環境の中で

私は 挫折を繰り返していました



仕事は基本的にテレワーク

事務所に行くのは 週に数回

その他は 直行直帰という 「業務形態」


この働き方は

私の気質には

とても 合っていた と思います


けれども

当時の私は

そのスタイルを

活用するための術や知恵を

持ち合わせていませんでした


フレキシブルな働きをしていくには

あまりにも 未熟すぎたのです



そのため

多くの時間を浪費し

罪悪感と劣等感を抱いて

日々を過ごしていました


「どうしてこんなにうまくいかないのか?」

と 困惑し

「また 落ちていってしまうのか?」

と 不安に思うばかりで

有効な対処法も見出せぬままに

3年の奉仕の期間が終わってしまいました




今になって 振り返ってみると

当時の私には

主に 三つの課題があったと思います


一つ目は

自分の抱えているストレスに

無頓着だったことです


もちろん

当時も

いくつかのストレス要因には

気づいていました


例えば

スケジュールを管理することや

計画を立てることは

好きになれないと思っていました


しかし

それと共に

「物を書く」ことが

自分自身を追い詰めていたことに

最近になって ようやく気づきました


私は 創作することが好きな人間です

文章だけでなく

絵や 音楽や 映像を 通して

何かを表現することに

関心があります


ただ

「好き」だからといって

「上手い」とは

限りません


興味と能力が噛み合わないことは

よくあることです


特に

書くことに関して

私は ずっと苦手意識を持ってきました


伝えたいこと

表したいことは

たくさん あるのに

それを うまくまとめられなかったのです


小、中学生の頃は(いや 大学生の時も?)

作文や小論の課題を出されるたびに

「書き終えられないかもしれない」

という恐怖と 戦っていました


けれども

その恐れを

あの頃の私は あまり 自覚していませんでした

ですから

白紙のwordの画面に耐えられずに

ネットに逃げていく自分を

単なる 意志の弱い男 だと

思っていました

(まぁ 意志が弱いのはある意味事実なのですが笑)



二つ目は

自己過信です


別の言葉で言うと

見立てが甘いこと です


かかる仕事時間の 予測の精度が

壊滅的に低いにもかかわらず

「まぁ 何とかなるでしょう」

と 高をくくっていました


ほどなく

「何ともならない」ことを

痛いほど教えられるのですが

しばらくすると

そのことを忘れて

また 無謀な計画に

突っ込んでいくというスパイラルに

はまり込んでいました


特に 用事から用事への移行時間の必要性を

軽視していたことが

度重なる失敗の 誘因になっていたと思います



三つ目は

具体的な対策を講じることを

先延ばしにし続けていたことです


もちろん

何の試行錯誤をしなかったわけではありません


最終的には

いくつかのアイデアを

試すように なりました


例えば…

物理的に空間を変えること

煮詰まってきたら走ることなどの習慣を

取り入れることで

ある程度 気持ちの切り替えができるように なりました


また

小まめに手帳を開くことや

思いついたことは

何でもノートに書き留めることで

視覚化、言語化することに

慣れていきました


そして

必要以上に

デバイスの電源をつけないことで

それらのものへの依存度を下げていきました


しかし

そのような取り組みを始めた時期が

あまりにも遅すぎました


また

持ち合わせた方策が

限られていましたので

「何をしても意味がないのかも?」

という絶望感に

打ちのめされることも

少なくありませんでした




そんな愚かしい足取りを

思い返す中で

つくづく思わされているのは

変革は

一朝一夕には起こらないということです


どんな環境でも

すんなり合わせていける人もいますが

私のようにクセも我も強い人間は

スタイルを変えていくのに

相当苦労します


知恵に触れて 納得が出来ても

それが 身体化していくまでには

また 途方もない時間がかかります


忍耐が 必要なのです



思えば あの頃は

ヤコブの手紙1:5をはじめ

いろんな御言葉を開きながら

叫ぶように祈っていました


あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。

自分の過ちを棚に上げて

「ここに 書いている通りにしてくれ!」

「早く 解決してくれ!」

「そうでなければ 取り去ってくれ!」

と 訴えていました


今でも

上にあげたような課題は

克服された わけではありませんが

それでも

ようやく

次の御言葉に 心から 同意できるようになりました


すべての良い贈り物、またすべての完全な賜物は、上からのものであり、光を造られた父から下って来るのです。父には、移り変わりや、天体の運行によって生じる影のようなものはありません。

ヤコブの手紙1:17


神様は

過剰な贈り物はくださいませんでしたが

日毎に 必要な賜物は

用意してくださいました


ほんとうに

あわれみ

ですね




マイペース スピードはスロー 要領よく行こうぜ 今日も
どうも苦手なのさ あくせくと働いて サクセスをゲット
だけど たまには ビッと(さあやるか)
食事は大切(昼から頑張るか)
午後は眠いな(おっ、もう五時か)
続いたやる気は ちょっとだけ

GAKU-MC『ハタラコウ


さて、あなたは、あいかわらず ダメダメな人ね。
ハラハラさせられっぱなしで…困ったもんです。
マイペースとか、マイワールドとか…それってきっと…
うん、変われない自分への言い訳です。

クラムボン『便箋歌』より





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