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私を構成するもの10



中高生の頃の私は

見た目は谷川

心は佐川のようでした


度胸もなく 腕力もなく

運動も得意ではない

平凡な生徒でした




けれども

持ち前の調子の良さを生かして

ヤンキーの子たちとも

それなりに関わっていました


いじられたり

ヤキを入れたりしたことも ありましたが

本気で怖い思いをしたことはありません


むしろ

「老松はやめとけて」

と かばってもらえた経験さえ あります



そんな私にとって

三橋貴志は親しみを覚える ヒーローでした


自然に 素のままで 生きてる彼は

心の師匠でした




けれども

あれから 20年近くの時を経て

三橋の倍以上の年齢になった今

違った感覚 感情を抱くようになりました


彼の卒業後が

気になりだしたのです


「彼は 将来 どうなるのだろうか?」

と 想像し始めると

心配になって

無邪気に

ストーリーを楽しめなくなりました




社会は

暴力と 愛嬌と 運だけで

渡り歩いて行けるほど

甘くはありません


逆に 三橋のように

力で 人を黙らせ 従わせる経験をしてしまうと

それが

時限爆弾にもなりかねません




どんなふうに軌道修正すれば

彼は 活路を見いだすことが出来るのか


私には その見取り図が

描けません




もちろん

フィクションですので

そこまで考え込む必要はないのかもしれません


しかし

そこまで 具体的に考えなければ

彼に憧れを抱いていた10代の自分に

届く言葉を紡げないような 気がしています


柔和な者は幸いです。その人たちは地を受け継ぐからです。義に飢え渇く者は幸いです。その人たちは満ち足りるからです。あわれみ深い者は幸いです。その人たちはあわれみを受けるからです。心のきよい者は幸いです。その人たちは神を見るからです。平和をつくる者は幸いです。その人たちは神の子どもと呼ばれるからです。

マタイの福音書5:5-9


イエス様の語られたこの価値観 人生観の魅力を

どうすれば 伝えられるのでしょうか?


未だに 答えは出ていません







まぁ

結局のところ

イエス様と 出会ってもらうほか ないんでしょうが...




でも...

どうやって?















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